このところ
子どもの痛ましい事件が多いです。
河川敷で起こった殺害事件。
黙秘を続けている18歳の少年。
その父親は、痛ましい事件であるが
家の子は、やっていないと語っています。
真実は どうなのでしょうか。
テレビでの内容でしか 僕は知り得ませんが、亡くなった少年は、
事件現場に置かれた花束や、メッセージには、くったくなく人懐こい少年のイメージが。
殺されてしまう前に友人に「殺されるかもしれない」という言葉を残している・・・。
何があったのか、どうして 殺されなければならなかったのか
殺すほどの感情は、どこから来たのか・・・・
この事件に関わった全ての少年の心は
何から来る不満だったのか・・・
カウンセラーという仕事をしているからということではなく
子ども達の心の中や
その子達の親、そして そのまた親の関わりが気になります。
愛情をもって育てる・・・・というのは、過保護にすることではなく
だからといって放任にすることでもない・・・。
「ここぞ」というときに、親が気づけているか・・・ということが
大切であると僕は考えます。
「ここぞ」には、色々あります。
成長するなかで、体のこと、進路のこと、友達のこと、部活動のこと、
恋愛のこと、先生のこと、アルバイトのこと、就職のこと、転職のこと・・・
もちろん、親のことで悩むこともあります。
人生は選択の連続です。子どもの頃から ずっと 常に新しい選択を迷いながら
してきています。壁も分岐点もあります。
助けが必要なことなのか、それは、言葉がけひとつがサインになることも
沢山あります。 子どもは 気にかけてくれているという愛情で
救われることも沢山あるのです。
20歳になるまでは親の管理のもと とか
20歳になったら、もう親は解放だ・・・とか
それは、違っていて、いくつになっても 親は親で 子は子であります。
学校は どこかで終わるものだから、お金という面では 親は卒業でいいでしょう。
だけど、生きていく限り 選択は続くのです。
大切なことは
未成年であればあるほど、褒めてあげることです。
子どもの頃に褒めて育った子は、自信を持てるようになります。自信が持てるようになれば
人の素晴らしさを認められるようになり、いじけたり、やっかんだりしなくなります。
そして、自分は生きていて良いのだと 喜びや幸せを素直に感じられるようになります。
褒められて育たなかった親は、なかなか褒める親になれません。
されなかったことが出来ないからです。しかし、角度を変えれば、自分がしてほしかったことを
子どもにしてあげることで 親も子も同時に育つのです。
クライエントさんの 大半は、褒められた経験が少ない人ばかりです。
その親御さんに聞くと、褒められて育ってない人が多く、抱きしめられたことがないから
お子さんを抱きしめた経験もないという方もいます。
かけがえのない 他に代わりのいない お子さんを いくつになっても
抱きしめてあげてほしいと いつも思っています。
そして、不運にも愛情を上手に与えてもらえなかった子どもが大きくなり大人に
なった子どもには、自分の子供や、年を取っていく親の手を温めてあげてほしいなと
切に願ってやみません。
与えられなかったからといって 嘆くのではなく
与えられなかったからこそ 与える人になってほしいのです。
コメントをお書きください