最愛の母が空から見守る人になってから
1年半が過ぎようとしています。母は、残された僕たち
家族が寂しくないように、いろいろなものを
あちらの世界から一生懸命考えて、与えてくれました。
まもなく85歳になる父親には、落語を学ぶという機会を
与えたようです。
たまたま、父が落語を学ぶという教室みたいなところに行き、父は、落語の楽しみ方を
教えてもらえると思って行ってみたら、な、な、なんと落語を演じる方の教室で
父はビックリしたものの、もともと落語も好きで、そして人前で話すことも
大好きなので(元アナウンサー)それならやってみるか!と入門し
その師匠の元で学び、名前までもらいました。
そして一生懸命 落語の「子褒め」という15分もある作品を覚え・・・
ついに お弟子さんたちの発表会で 初高座へ!
84歳で落語を始めた人も父が初めて!
そして師匠よりも父は年上、若い落語が好きな
お弟子さんに励まされて いざ!
その 初高座は・・・・
家族としては、これは、観に行くのはとても恥ずかしいし、
途中で覚えたセリフを忘れてパニックになったら どうしようか
高座で正座を15分ダイジョウブだろうか・・などなど 始まる前は
僕がソワソワ・・・・
二番バッターで、父が師匠にもらった 名前が呼ばれ
出てきた父親は、堂々たる姿で、少し出だしは緊張していたものの
途中からノリに乗って いい調子で最後まで演じました。
とてもイキイキと楽しそうに・・・・
85歳になる父親のために友達が30人近く 集まってくれました
(みんな元気だ)
妻を失った父の意気消沈していた姿を思い出して、こうして
立派に新しい趣味をみつけ、頑張っている父をみて、好きじゃない父だったけれど
失ったもの同士として、頑張る姿に尊敬と 母も見てるかなと思ったら
泣けてきました。
母は、父に落語という新しい「たのしみ」を与えてくれました。
若い人たちに囲まれて、楽しそう。そして、あの長台詞を覚えきったことも
すごいことです。
終わって、着替えて 出迎えて待っていた父に
「すごい すごい 上手だったよ~」と思わず手を握りました。
10代20代30代と嫌い続けた父親だったけれど
父の人生や、環境などを知り、父親にも、そうなってしまう「理由」が
あるとわかるようになってからは、強い憎しみから諦めに変わり
同情に似た気持ちにもなり・・・・。
父が母の元に行くまで
あと何年あるかわからないけれど
イキイキとした父を見ることができたのは、やっぱり 母の父への
お土産だったのだと思わずにはいられません。
何かを始めるには
遅すぎることなんて なにひとつないということ
84歳で落語を始めたことは 立派です。
やろう!と思う気持ち。やれるか やれないかではなく
やってみることが大事。
僕が84歳の時
生きていれば、父を思い出して、何かに「挑戦」してみたいなと
思いました。
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