今日は父親の誕生日
87歳になります。元気です。
きっと生まれたときからでしょう、僕は父親が嫌いでした。
母親とは縁があり、母親はいつも僕の味方であり
僕を心底愛してくれました。愛情深い人でした。
僕自身 愛を大切にしているので 身勝手で自己愛ばかりの
父親が父親としても、ひとりの人間としても嫌いでした。
ずっとずっと嫌いで憎しみさえ感じていたには
数々の理由もありますが その気持ちは 30歳まで続きました。
30歳になって、ある日、母親のお兄さんが家系図を送ってきました。
僕の母が生まれたルーツを見て、母のルーツは僕のルーツでもあり
見たことのないご先祖さんに興味を持ち、ご先祖が眠る福岡県まで
逢いにいくほど熱心にご先祖をたどる旅をしました。
そんなとき、父親の生まれ育ちは、どんなだったのだろうと
少しだけ関心を持ったのをきっかけに、父親が僕の嫌いなタイプの
人間になったには確かな「理由」があったのでした。
それを知り、そうだよなぁ、人間 生まれたときから嫌な人間なんて
いないよな。と思うようになっていきました。
だからといって、父親が好きになったわけではありません。
相変わらず嫌いでしたが、殺してやりたいほどの憎しみと嫌悪感は
「仕方ねぇな」という気持ちに少しずつなっていったのです。
それが 大人になっていくということなんだと思います。
ずっと憎んだり、嫌ったりするという感情は
とても疲れます。
ならば、その対象は横において、自分の人生をみつめ、やりたいこと
したいこと、行きたい所、見たい所に動いたほうが
ずっとずっと安定して幸せを感じられるということに気づいたのです。
父親はキライでいいのです。
けど、同時に「可哀想な人だ」と思うことで
自分とは合わないけれど、色んな人がいることを父親がスタートで
学んだことには違いないのです。
カウンセラーをしていると
父が母が嫌い、姉、弟、妹、弟が嫌い。
祖父祖母が嫌いなどなど
沢山の家族を嫌って疲れている人と出逢います。
僕は、成人していない人や、まだ社会人になってない人
感覚的に大人になりきれていない人には
無理して、嫌うことをやめさせたりしません。
自分が変われば対象の相手に対しての感覚が変わることを知っているので
その時期が来るまで 自分の世界観の話を伝えます。
自分の世界を作ること、憎むことは疲れること、何も楽しくないこと
その自分の世界を見つけたあとに、景色が変わっていったら
そのときは、きっと、憎む嫌うという感覚から違ったものが見えるのです。
今、僕は父に対して
相変わらず好きではありませんが
元気で楽しく余生を過ごしてほしいと願っています。
僕には姉と弟がいますが、みんな父が嫌いでした。
特に僕が一番嫌っていたのに、今は、僕が一番父の面倒を見ています。
月に数回 掃除に行き、買い物につきあい、パソコンがおかしいやら
Wi-Fiが繋がらないやら、プリンターがおかしいやら、これがない
あれがない なんていうSOSに僕がすべて対処しています。
母親には喜んで何でもしてあげたかった気持ちとは
違って、父親には親孝行なんてする気もしたい気も全くないけれど
傍からみると僕のしていることは親孝行に映るようです(笑)
ただ、嫌い嫌いというだけではなく
「感謝」をしなければ罰が当たるよなって自分に言い聞かせます。
住むところ、学校、食べること、僕がこうして生きていることは
父親が働いたからこそには違いないからです。
育ててくれたのは、完璧に母親の愛情としつけでしたし
父親の背中を見て学んだことは何もなかったので
尊敬とか憧れとかは全くないけれど
感謝はしなければいけないです。
父親は、吠えるわりに弱虫なので
たいしたことない痛みにも大げさなので
僕の精一杯の思いやりで神様にお願いするとしたら
元気にコロっと死んでほしいということです。
入院なんかしたら めんどくさいことこの上ないです(笑)
しかも、かなり陰気になりそうです。
なので、今、元気に 新幹線乗って あっちこっちに
いったり、落語したり、聴いたり、友達と遊んだりしてくれているので
このまま いつのまにか コロっとあの世へ運んでほしいですね。
人を憎むこと
嫌うこと
とてつもないエネルギーです。
けれど、
それが いろんな 感情を経て経験を経て
人を許すことができたら
安堵に変わり 穏やかになること。
それが、正しい年齢の重ね方なのかな。
というか、そういう気持ちになって
僕は 人生を全うしたいなと思うのです。
自分の人生
満足して穏やかにあの世へ立つ
これが 僕の母へ会うための目標です。
コメントをお書きください